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【過去の記事】感動の場-点 2019/4~2020/3

まちの広報誌『広報くっちゃん』では、小川原脩作品の紹介ページ「感動の場 ー 点」を連載しています。
水牛

水牛

2020年3月
『水牛』 1980年 小川原 脩 画
 
 海外から押し寄せる芸術潮流、1930年代にシュルレアリスム、1960年代にはアンフォルメル、その大流行に小川原脩も若かりし頃に衝撃を受け、吸収し、研究を重ねました。それは、西洋画のみならず、あらゆる分野の作家にも影響を広げていました。小川原と同時代を生きた北海道出身の日本画家、片岡球子(1905-2008)、岩橋英遠(1903-1999)らの画業を紐解くと、それらの影響を受けた作品に取り組みながら、次第に自身の個性を確立した画風へと到達してゆきます。
 時は流れ1979年の中国・桂林来訪以降、水墨画のような東洋の世界を自らの絵によって表現しようと苦心した小川原。油絵具を薄く塗り重ねてゆく技法を編み出し、悠々と大地を行く人と水牛の姿を、余白を持たせた空間に描き出しました。時折、小川原作品を前に「これは日本画ですか?」と質問をいただくことがあります。油彩画にして、東洋の空気感を纏っているのでしょう。

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2020年2月
『無題』 1976年 小川原 脩 画
 
 小川原脩が描く犬の中でも、リラックスした雰囲気が漂う一点です。なぜそのように感じるのでしょう。犬たちの仕草もありますが、芽を出しかけたタマネギの存在があるのではないでしょうか。冬も終わりに差し掛かる頃にお台所の片隅で見かけるこの姿、ほんのりと温かな空気に変わっていく季節を感じさせます。
 描かれているものは至ってシンプルで、1970年代の小川原作品に見られる画面を二等分する濃紺と茶の背景に、黒い犬と白い犬とタマネギの3者のみ。白い犬が寝そべりタマネギにじゃれて遊んでいたところを、その背後からもう一匹の黒い犬が覗き込み、その気配に白い犬は顔と尻尾を持ち上げて振り向きます。犬とタマネギの不思議な組み合わせから、私は犬猫などに起こる「タマネギ中毒」を連想しました。この中毒については、日本では1975年に北海道大学の家畜病院で初めて確認された病気だそう。制作年も近く、また北大で講師をしていた小川原はなにかしらこの新しいニュースを取り入れたのかもしれません。「私が選ぶ小川原脩」展にて展示中です。

雪の中の犬

雪の中の犬

2020年1月
『雪の中の犬』 1973年 小川原 脩 画

 本格的な冬の到来とともに、小川原脩がこの町・倶知安について述べた一節が思い浮かびます。
 「ここでは<白い>季節と、<白くはない>季節の交替が、劇的で激しい変貌を示しながら進行して行きます。ここに居住する者にとって、即ち、本州からの移住者の子孫達にとっては日本人特有の繊細な四季感と呼ばれるあの感覚は、実のところ血縁史的に伝承されたそれに過ぎないし、または教育の場で与えられた知識に属するものに過ぎないのです。実際には<白>か、<白くはない>かの二季が、季節感の根底を振り分け、その二者交替のもつテンポの激しさが、この土地に居住する者たちを性格づけているのです。」(小川原脩『画家』18号 1973年)
 「この土地に居住する者」すなわち小川原自身の季節感そのものであり、またそれは今の私たちにも納得を与えてくれるものでもあります。1970年頃から、作品の主題は動物たち、とりわけ犬が中心となっていきました。この作品も枯れ草が突き出た<白い>雪原に、1 匹の犬。小川原が好んで描いた自由に振る舞う野良犬の姿はもう見かけることはありませんが、すぐそこの雪野原に、こんな顔をした犬が今も佇んでいるような気がしてきます。

無題

無題

2019年12月
『無題』 1960年頃 小川原 脩 画
 
 暖炉やたき火のパチパチと燃える、音、熱、光に、ぼうっと目を奪われ、耳を澄ます、そのような経験をお持ち方も多いのではないでしょうか。凍える季節の始まりに、暖かさの原点、火の気配を帯びた作品をご紹介します。
 小川原は1958年から60年代の初め頃、考古学に傾倒し古代の遺跡遺物に強く関心を寄せていました。当時はまさにアンフォルメル(不定形なるもの)と呼ばれた抽象美術が日本全国を席巻していましたが、小川原も原始の世界を題材に独自の抽象的な作品を展開しました。
 遺跡の赤褐色土そのものを写し取ったとも言えるこの作品は、黒々と存在感を見せる石器の配列にひし形の規則性が見て取れ、その合間からは明るい赤がにじみ出るように描かれています。石器時代の人びとが遺した物の背後から、当時の営みの熱が溢れ出ているかのようです。太古から人の営みを支えた「火」は、癒しとともに人知を超えた自然の一つとして畏れられ、その精神性をも小川原は作品に込めているように感じます。この作品は現在開催中の展覧会「原始の美―1960's」で見ることができます。

犬と雪山

犬と雪山

2019年11月
『犬と雪山』(北海道大学事務局蔵)
1970年 小川原 脩 画
 
 澄んだブルーとグリーンが散りばめられ、透き通った空気感を作り出しています。淡いパステル調の画面は、1970年頃、犬との組み合わせを描いた小川原脩の作品の数々に共通するものです。
 描かれているものを画面上から丁寧に見ていきましょう。空に浮かぶ雲を背景に雪山・イワオヌプリが描かれています。手前に折り重なる丘は緑のままですから、高い山にだけ雪が降り積もる時期かと想像できます。次に変わったものが現れますが、水平に倒れ、朽ちつつある針葉樹です。かつての枝が手足のような突起物となり、美しい紫色の肌もあり、そこにはまだ生命の煌めきが潜んでいるように感じます。その倒木の下辺にはひときわ目を引くブルーの背景があり、そして一匹の犬へと至ります。その姿勢は手足から尾までも抱え、うずくまっています。これまた鮮やかなブルーの瞳のせいでしょうか、特段もの悲しい印象はなく、淡々としています。手足を伸ばした倒木とうずくまる犬の対比は、行く手を阻まれているようでも、逆に身を潜めた犬を守っているようでもあり、どちらとも受け止められるでしょう。
 この作品は特別展の終了後、再び北海道大学事務局にひっそりと収蔵される予定です。次にこの犬と出会えるのはいつの日になるでしょう。再会を願ってやみません。

楽園の朝

楽園の朝

2019年10月
『楽園の朝』(倶知安小学校蔵) 
1991年 小川原 脩 画
 
 木があります―
 まあるく、よく茂り、青々と濃く淡く葉を揺らしています。たっぷりの葉っぱに包まれて、たくさんの小鳥たちが顔を出しています。その周りには、豊かな実りを携えて、頭に荷を載せゆったりと行き交う人々。木陰には、子を抱き上げ、小鳥たちのさえずりに耳を傾けているような親子の姿もあります。
 涼しげな朝もやに包まれた、緑豊かな街角。晩年、小川原脩が旅したインドの光景を題材にした作品です。この柔らかな光に満ちた空間は、長い年月、自らの内面に問いかけ続けた画家が辿り着いた、絵画世界でもあります。開校90周年の記念にと母校に贈った作品に込めたもの、それは優しく穏やかな空間に包まれて心豊かに成長してほしいという、子どもたちへの想いだったのではないでしょうか。

工学部校舎

工学部校舎

2019年9月
『工学部校舎』(北海道大学工学部蔵)
1964年 小川原 脩 画
 
 「白堊館(はくあかん)」の名で親しまれた北海道大学旧工学部校舎は、1923(大正12)年に建てられ、白色を基調とするユニークな外観がこの別名のおこりとなりました。作品に描かれたとおり、屋根の重い色彩と壁の柔らかな色合いは、白堊館の学び舎としての落ち着いた佇まいを感じさせます。前庭を広くとり、鶴翼状に配された建物は木造で白い外壁、スレート屋根に尖塔、そのクラシカルな建築美は、大学の内外の人々に親しまれたそうです。1973(昭和48)年に鉄筋コンクリート造の現校舎が完成し、白堊館はその姿を消しました。
 小川原脩が建築物を描いた作品は少なく、制作のきっかけは1963(昭和38)年から工学部建築工学科で造形演習の非常勤講師を務めた縁があってのものと思われます。81年までの18年間、週に一度の学生たちとの交流に新鮮な思いを抱きながら、倶知安と札幌を行き来していました。

春耕

春耕

2019年8月
『春耕』(北海道議会事務局蔵)
1950年 小川原 脩 画
 
 題名に「春耕」とあるとおり、まだ雪が残るニセコ連峰、春紅葉と呼ばれる色鮮やかな山々を背景に、畑を耕し始める様子が描かれています。1950(昭和25)年当時、土を起こし、畝を作り、といった農作業は農耕馬の力で行われていました。たくましい体躯の大きな馬が、プラウと呼ばれる農機具を引いて土を起こします。この後、昭和30年代にはトラクターが活躍する時代へと移り変わりました。倶知安の地で
行われていたかつての農耕の姿、馬文化を伝える貴重な絵画ともいえます。
 この作品は、北海道庁のすぐ南に位置する北海道議会庁舎の議長室に掛けられています。小川原脩記念美術館友の会が長年手掛けてきた所蔵調査の記録によれば、岩本政一議長時代(昭和38~42年)に道議会事務局へ収蔵されたと伝わっています。通常は一般公開されておらず、また、所蔵されてから貸出などで公開されたこともなかったようで、なかなか目にする機会のない作品です。雄大な倶知安の大地とそこに営まれる人々の暮らしが、力強く大らかにうたわれている本作は、8月10日から美術館で開催される「開館20周年記念特別展 小川原脩の世界」で展示されますので、どうぞこの機会にご覧ください。

前へ進む群れB

前へ進む群れB

2019年7月
『前へ進む群れB』(倶知安小学校蔵)
1957年 小川原 脩 画
 
 この作品は倶知安小学校所蔵ですから、見覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。およそ縦130cm、横160cmの大きな作品で、校長室に飾られています。
 以前、倶知安小学校2年生の授業にお邪魔し、児童の皆さんと、この「前へ進む群れB」の鑑賞に取り組みました。まずは「何がありますか」の質問に「ダイヤ」との声。トランプのダイヤに見えたのでしょう。「端っこに丸いのが二つあるから、目だ!」と気がつけば、次々に顔、耳、そして細長いひし形の馬の頭が並んでいる様子が浮かび上がってくるのです。そして、一頭一頭の馬の姿かたちが異なることにも視線が注がれ、「こんな子もいるよ」と楽しそうに発見を伝え合います。次第に、馬たちはなぜ前進してくるのかという本題へと迫っていく…一人一人の視点を共有し、豊かな鑑賞の時間となりました。
 ぜひ本作を見たいと思った方。校長先生はきっと笑顔で迎えてくださるでしょうが、訪問は少し緊張してしまいますよね。じっくり見られるチャンスがこの夏にやってきます。8月10日から美術館で開催される「開館20周年記念特別展 小川原脩の世界」にお借りして展示する予定です。

北海道移民史(士族移民時代)

北海道移民史(士族移民時代)

2019年6月
『北海道移民史(士族移民時代)』
1943年 小川原 脩 画
 
 先月号で、「北海道移民史(屯田兵時代)」を紹介しました。もうひとつの開拓移民を描いた作品が「北海道移民史(士族移民時代)」です。ここに描かれた人々は、明治期の十勝開拓の先駆けである「晩成社」の一団と思われたので、専門家の帯広百年記念館・大和田学芸員に本作図版を見てもらったところ、作品のモデルになった写真の存在を教えていただきました。まさしく画面中央の着物に赤い羽織を着た男性は依田勉三、その右隣は渡辺勝という人物、そして身に着けた衣服や刀を持つポーズまで一致しています。どうやら、帯広の移住先に到着し、右端の人物の仕草のとおり「草わらじ鞋を脱ぎ」(旅を終えること)、アイヌの居住地・コタン付近に住まいを構えたという史実を元にした場面のようです。
 昭和初期には、依田勉三の事績や開拓精神といったものが満州開拓の呼び水として利用されたこともあり、当時、小川原がなぜ北海道開拓という題材を選び描いたのかが浮かび上がってきます。今後、「晩成社」に関する書物などに接点があったかどうか、小川原が遺した膨大な蔵書をしっかりと調査する必要がありそうです。

北海道移民史(屯田兵時代)

北海道移民史(屯田兵時代)

2019年5月
『北海道移民史(屯田兵時代)』 1943年 小川原 脩 画
 
 1943年の5月下旬、小川原脩は二つの「北海道移民史」という作品を美術文化協会第4回展で発表しました。そのうちの一点、この人物群像は明治時代に開拓と警備の両方を担った屯田兵の姿を描いています。馬に跨る上官は立派な兵服に身を包む一方、地べたを歩く人々は農民身なりで、鍬(くわ) を担ぎ、よろめいている人もいます。一団の先頭の足元、頭部が赤く塗られた木杭から先は、奥に広がる湿った原野を予感させ、北極星を模した大きな開拓使の旗のもと、上官が指し示す方向へ進もうとしています。「琴似屯田兵屋」「屯田兵服」「琴似屯田兵集合」とメモされたスケッチが残っており、小川原が1941から42年にかけて旭川の師団に入隊、出征したその前後、北海道内を移動した際に取材し、本作の土台になったと考えられます。
 一心に開拓へ向かう集団の在り様を題材としたのは、1940年代に入って強く求められるようになった戦 争協力のためであり、当時、前衛的絵画を志向しながらも「描き続ける」ことに強くこだわった複雑な心境 が垣間見えます。この作品は損傷が激しく公開が見送られましたが、もうひとつの北海道移民史(士族移民時代)は、「小川原脩セレクション 花と烏1940's」で展示されています。

浅春譜

浅春譜

2019年4月
『浅春譜』  1969年  小川原 脩 画
 
 修復のため東京へと送られていた作品が、美術館に帰ってきました。1969年に小川原脩が描いた「浅春譜」という作品です。当時、北海道で活躍する現役作家を集めた第2回北海道秀作美術展(1969年、北海道立美術館)などに出品されました。小川原の作品テーマが動物たちが中心となっていったのは、ちょうどこの頃からでした。
 1点の作品なのですが、上下にくっきりと分かれ、ふたつの絵があるようにも見えます。上半分は時の流れのように着々と歩みを進める馬、下半分には地中から顔をのぞかせる水芭蕉が大きく描かれています。踏みしめる大地であり、生命を覆う雪原でもある、濃紺の太い平行線。この画面を2分する線が、ダイナミックな北国の季節の移り変わりを示しているのです。
 爽やかな季節感を醸し出すこの作品はとても人気がありますが、損傷が激しく数年間展示をお休みしていました。滑らかな絵肌はパレットナイフを使ったもので、この薄い絵の具の重なりの間に空気が入り、剥がれなどを引き起こしていたのです。ぜひ修復後の、艶やかに蘇った姿をご覧ください。