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【過去の記事】感動の場-点 2014/4~2015/3

まちの広報誌『広報くっちゃん』では、小川原脩作品の紹介ページ「感動の場 ー 点」を連載しています。

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2015年3月
『巡礼』 1983 年  小川原 脩 画

 ひとりの女性と 2 匹の犬がいる。女性が両手を合わせて頭上へと持ち上げている姿は、チベット仏教における祈りの所作「五体投地礼」の一瞬を切り取ったものである。全身を伸ばしてから体を折りたたみ、前方の床へ寝そべり、また立ち上がることを繰り返す。1981年 70 歳の小川原脩は、初めてチベットの中心都市ラサを訪れた。「動」が大半を占めるこの激しい祈りの中で、動きを止めた「静」の 瞬間が、画家の眼を捉えて離さなかったようだ。
 小川原が描いた「五体投地礼」の作品には、何度か傍らに寄り添っている犬が登場する。それらの犬は人に連れられているのではなく、人びとと分け隔てなく自由に振る舞っている。本作品の 2 匹はというと、女性と一緒になって礼拝を繰り返す仕草のようにも見えて愛らしい。 この作品は今年度の新収蔵品。1980年代のチベットシリーズの名品がまた一つ、美術館のコレクションに加わったことをお知らせしたい。

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2015年2月
『無題』   1960年 小川原 脩 画

 この作品に題名はつけられていない。正確な制作年も記されていない。分からないことだらけの絵画である上に、何が描かれているのかも判然としない。しかし、アンフォルメル(定まった形を否定するという意 味)と呼ばれる芸術の流れに影響を受けた時代の特徴から、制作年は 1960 年前後と推測できる。
 1959 年に倶知安町内の峠下遺跡の発掘に参加するなど、当時小川原の関心は考古学へと向かっていた。 地中から現れる石器や土器片を見つけるたび縄文のテクノロジーに魅了され、次々と描いた。描かれるもの達は徐々に形を失い、この作品のようにイメージは変化してゆく。黄色が印象的な温かな色彩に包まれた空間から、暗闇の洞窟を抜け、その先の明るくも混沌とした世界へ旅にでる。未知の世界、太古の世界への入り口なのだろうか。想像は膨らんでゆく。

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2015年1月
『ティクセゴンパの羊』   1984年 小川原 脩 画

 ティクセゴンパとは、インド北部のヒマラヤとカラコルムの両山脈に囲まれた山岳地帯でチベット文化が色濃く残る地域・ラダックの町ティクセにある、800年の歴史を持つチベット仏教の寺院(ゴンパ)である。1983 年、小川原脩はこの土地を旅し、その空と、ゴンパと、大地の色彩のコントラストを目に焼き付けてきたようだ。
 天空を目がけてひとつひとつ積み上げたかのような寺院建築の姿。陽を受けた壁は、様々な色を散りばめるように絵具がのせられ、真珠のように白い輝きを見せている。手前に配された羊には、硬質な角、柔らかな毛並みといった手触りまでも感じられる。こちらに投げかけられたその視線は優しい。小川原が描いた動物は、馬・犬・大白鳥がその大半を占める。チベットの情景を描いた作品にはヤクや牛も描かれているが、 この 1 点にだけ、羊を登場させている。

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2014年12月
『無題』   1981 年 小川原 脩 画

 小川原が旅したチベットの中心都市ラサの印象を描いた作品で、大地に腰をおろした母子の様子を、チベットの主要な家畜であるヤクとその土地ならではの形をした家屋を背景にして描いている。リズムよく配置された建物、ヤク、そして母子の姿が画面に奥行きを与え、広がりある大地を連想させる。3 頭のヤクが奥から、正面、右、左と気ままな方向を向いているところが、どこか楽しさを感じさせる。
 小川原本人は、代表作『チベット讃歌』(1982 年)に登場する、この作品によく似た母子の姿について「私はなにもチベットの聖母子像を描こうと思ったわけではないが、ラサの真ん中で家畜達に取り囲まれ、乳房をふくませている母子の大らかさに心ひかれたのだ」と述べている。
 母の頭に巻かれた緑の布と子の赤い衣装の明るい色彩が印象的な母子像、聖夜が近づくこの季節にご紹介することにした。

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2014年11月
『雪の中の犬三匹』      1971年 小川原 脩 画  

 羊蹄のいただきに雪が降る。この季節、顔を合わせれば「今日は○合目まで真っ白だね」というのがお決まりの挨拶となる。やがて雪はじわじわと山麓へと下り、小川原が云う「白い季節」の到来である。
 小川原が雪を描いた作品には、犬や馬が登場する。積み上がった雪の、低くなった部分から揃って顔を出す三匹の野良犬。左右の二匹は目を見開いて、その澄んだ瞳をこちらへ向けている。ふわりと積もった雪に頬を置く仕草、ユーモラスな口元が、生き生きとした表情を見せている。それに対し、真ん中の一匹だけが、視線を落とし、こちら側の人間を拒んでいるかのようだ。おそらく、観る人はこの犬を自分と重ねて見るのではないだろうか。空と雪、犬だけの単純な画面。それがより一層犬たちの視線を強いものにしている。
 今や野良犬の姿を見ることはなくなった。1970年代、これから姿を消す運命の彼らに、小川原は気持ちを寄り添わせたのだろう。

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2014年10月
『狩猟時代』      1955年 小川原 脩 画  

 アトリエの壁いっぱいに架けられた、アイヌの男性像。1955 年頃、小川原脩 40 歳代中ごろのアトリエ風景である。終戦直前に東京から倶知安へと帰郷し、中央画壇からも離れ風土に根づいた創作を模索していた時代である。
 これら一連の作品のうち、30 号を中心に 5 点を美術館で所蔵しているが、平成 23 年度より行われた北海道大学での所蔵作品調査の結果、北大クラーク会館からシリーズの 1 点が‘発見’された。作品の題は『狩猟する男』。吠え立てる犬を肩に担ぎあげる勇壮な姿が描かれている。獲物のエゾシカを担いでいる本作と大変似た構図である。
 なぜ、この作品が北大に収められているのか経緯は不明だが、小川原脩は 1981 年までの 18 年間、北大工学部建築工学科で造形演習の講師を務めていた縁がある。日頃朝から晩までアトリエにひとりこもっている画家にとって、若い人たちと接するこの週に一度の機会は気分的にいいものであったと振り返っている。
 

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2014年9月
『子供と馬』    1967年 小川原 脩 画

 「小学校へ入りたての頃であったろう。馬に噛まれた記憶を持っている。小さな小学校の大きな校庭の片隅の桜の木につないであった馬に、むしりとってきた草を喰わせようと考えたらしい。近づいたとたんに頬っぺたを噛まれてしまい大さわぎになってしまった。それ以来、私は馬に対して畏敬の念をいだくようになった。…」1972 年に書かれた小川原による草稿には、このような『事件』が記されている。
 1960 年代の赤・黄・緑の強い色彩に、デフォルメされた馬をモティーフとした一連の作品群のひとつである。歯をむき出しにした馬と、あっと驚くような表情の子どもが顔を寄せ合っている。この作品をみると、前述の一件を思い起こしてしまう。「不用意に近づいてしまうと大けがをする、それは動物に限らないことだ」という戒めの言葉を続けた小川原。しかし、シリアスがユーモアに転じたような印象を受ける作品である。

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2014年8月
『あひる』    制作年不詳 小川原 脩 画

 「個と群れ」は小川原脩の作品を代表するテーマのひとつであり、小川原はさまざまな動物の群れの姿を描いている。前進し迫ってくる馬たち、威嚇し、怖れ、苦しみ折り重なる無数の犬たち、いっせいに空へと飛び立つ大白鳥…。
 そのような動物たちが登場する中、この作品はあひるの群れである。いったい何羽いるのだろう。ガーガー、クワクワと、にぎやかな鳴き声が聞こえてきそうである。一羽を先頭に散らばりそうで散らばらず、一団はじりじりとこちらに迫ってくる。アジアの各地では、家禽である何百羽という家鴨を、餌を食べさせるために水辺まで大行進させて連れてゆくのだそうだ。この作品には、制作年とサインが記されていない。おそらく、小川原が中国やインドへの旅で目にした光景を描いたもので 1980 年代の作と思われる。

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2014年7月
『犬 IV』     1993年 小川原 脩 画

 小さな犬が描かれている。体のバランスからして子犬であろう。小川原は犬が登場する作品を数多く描いているが、子犬は決して多くない。明るい茶色の毛並み、小さな尻尾にも、ふわふわの手ざわりを感じさせる。このふわふわという感触は、老若男女問わず、愛らしさや好ましさといった気持ちを起こさせるそうだ。
 犬は元来、群れる習性があり、集団にいてこそ安心感を得て、また人とも生活を共にする。ところが、この小さな犬の一匹でも堂々と胸をはり、自信や誇示をあらわすように尻尾をピンと持ち上げた姿。何かに夢中になっている眼差し、少し持ち上げられた前足は、一歩を踏み出すところなのか。まっすぐに視線をむける、小さくて明るい生命。この愛らしい仕草に秘められたものに、小川原は惹かれたに違いない。

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2014年6月
『無題』    1992 年 小川原 脩 画

 この作品と向かい合うとき、真っ先に目に飛び込むのは、この真ん丸のカタチをした壷であろう。私たちが、この球体が壷であると認識できるのは、黒い円、つまり口が描かれているからだ。この小さな暗闇、どこまで続いているのか、吸い込まれそうな奥行きを持っている。
 子供たちに、この作品をみて物語をつくってもらった。やはり、この壷の中身について気になるようだ。空っぽではないように見える。冷たい水、お酒…想像は膨らむ。壷に水を汲んだのは、隣に腰掛ける女の人。小鳥が問いかける「飲んでもいい?」。どうぞとすすめる場合もあれば、「だめだよ!」とお断りする場面も。自然な会話がここにはある。
 この壺の本来の使い道は、聖なる川・ガンジスの水を持ち帰るための容器なのだそうだ。小川原脩がインドで出会った光景のひとつである。

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2014年5月
『牛のいる風景』   1982 年 小川原 脩 画

 明るい青空に、白い壁が映えるチベットの街角。温かな色味の土の道。のんびりと足元を眺めながら歩いてゆく牛と、反対の方向へと向かう荷を背負った人の姿が見える。この場面のすこし前、ふたりはすれ違いざまに目を合わせ、ひと言、ふた言交わしていたかもしれない。「忙しそうね、まあ、のんびり行きましょう。「急いだって、いいことないわヨ。」牛にそう言われ、はにかんで答える。「それもそうね。」また別れてゆくふたり、荷を背負い直しながらふと牛を振り返り、そして空を仰ぐ。
 小川原脩が遥かチベットの地で得た印象は、「人も動物も平等に同じ平面上に生きている」であった。作品の中には、温かな空気が漂い、ゆるやかに時が流れている。自由な発想で、浮かんでくる物語を楽しみたい。
 

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2014年4月
『桂林』   1979~1980年頃 小川原 脩 画

 わかり易い絵、わかりにくい絵が並んで壁にかけられていたら、観る人はわかり易い絵にうなずき、わかりにくい絵は一瞥して素通りするかも知れない。「絵は謎がいっぱいあった方がいい、永遠に解けない謎の絵の方が面白いんだよ」と云っていた画家がいた。謎がいっぱいある絵、わかりにくい絵なのだろうか。その画家は続けて「小川原さんの絵は謎だらけだよ」と。確かに、小川原脩の作品にはそのようなものが多くある。しかし、この作品は非常にわかり易い。60 歳代終わりごろ訪れた桂林は、小川原にとって古い時代のふるさとを想い起させる土地だった。奇岩の連なりを遠景に据え、中景に悠々と歩む馬車を配し、前景に図体の大きな水牛と小さな鶏を対照的に描いた。画面全体がゆったりと動いているようだ。「童話の光景」のという絵本の表紙にふさわしい作品である。