事実は小説より・・・
断片的な証言をつなぎ合わせて真実に迫るのは大変な作業です。記憶に頼った曖昧な表現で歴史を検証するのは、危険性が伴います。やはり裏づけを取りながら、個々の証言を検証することが、真実に迫る近道ではないでしょうか。
ニセコアンヌプリ山中から発見された零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の主翼は、まさに歴史を語る物証です。
ゼロ戦を用いた着氷実験にとりかかる前、昭和16年から翌17年にかけて、山頂近くの尾根下で予備実験が行われました。雪洞とテントを根拠地としたもので、その後に木造の小さな研究棟が建設され、常時観測ができる準備が整い始めました。
中谷宇吉郎教授は、着氷の機構をよく調べるためには、自然条件下で住み込みが可能な生活条件を揃えることを重要視しました。
そこで昭和18年の春から、山頂に着氷実験所の建設が開始、秋には完成しました。総工費約50万円、狩太村(現ニセコ町)の吉村丑蔵さんが請け負い、資材やゼロ戦、さらには食料の運搬に、倶知安、ニセコ、そして蘭越の大勢の人々が関わったのです。